大判例

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最高裁判所大法廷 昭和30年(オ)430号 判決 1960年3月09日

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人小山隼太の上告理由について。

地方自治法(一三四条、一三五条および一三七条)に基き議員の懲罰として行われる除名は、議員たる身分を剥奪する処分であつて、その処分に対し違法を理由として除名処分の取消を求める訴は、判決による除名処分の取消によつて除名処分のなかりし状態に復帰し、もつて、剥奪された議員たる身分の回復を図ることを目的とするものに外ならないのである。従つて、既に議員の任期満了等の事由によつて議員の身分を失つている者については、最早除名処分を取り消しても議員たる身分を回復するに由ないのであるから、かかる場合においては除名処分の取消を求める訴は、訴訟の利益がなくなつたものとして、許すべからざるものと云わなければならない。

被上告人は本訴において、昭和二六年三月二八日上告人のした被上告人に対する除名議決の取消を求めるのであるが、本件除名当時の板橋区議会議員の任期は、昭和二六年四月二九日をもつて満了していることは本件当事者間に争ない事実であるから既に本件判決を求める実益は失われているものと云わなければならない。然るに原判決は本件除名議決が取消されるときは除名議決当時に遡つて被上告人の議員たる資格に伴う報酬請求権その他の権利が回復されることになるから、本訴のような判決を求める利益がないものとする上告人の主張は理由がない旨判示する。しかし、本訴は除名議決の取消によつて議員たる身分の回復を求むものであること明白であるから、議員たる身分に随伴して派生する報酬請求権等を考慮して、これがため既に任期満了した者に対し議員たる身分の回復を認めることは許されないものと解すべきである。従つて、被上告人の本訴請求は許すべからざるものとして棄却すべきものであつて、原判決は破棄および第一審は取消を免れないものである。

よつて民訴四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い主文のとおり判決する。

この判決は裁判官田中耕太郎、同斉藤悠輔、同下飯坂潤夫の補足意見および裁判官小谷勝重、同島保、同入江俊郎、同池田克、同河村大助、同高木常七、同石坂修一の少数意見があるほか裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官田中耕太郎、同斉藤悠輔、同下飯坂潤夫の補足意見は次のとおりである。

我々は次の理由からして本訴請求が許されないものと解する。それは本件請求の基礎になつている区議会の除名決議の効力に関し、裁判所が審査権を有しないからである。

およそ社会の法秩序は、大は国際社会の法から小は市町村、学校、会社、クラブの法にいたるまで、はなはだ多種にわたり、多元的に構成されている。各の社会は自己の法によつて、その存立を確保している。その中国家は人類社会の現段階において、最も完全な社会であり、その主権の下にある種々の地域的および機能的な部分社会を自己の法秩序で以て統合している。

国家内における社会としては、例えば機関的関係において国家に隷属し、しかもある程度の独立を維持する裁判所や国会のようなものがあるし、国立大学をふくめて学問的協同体であり、その故に高度の自治を享有する大学や、ある区域の住民の福祉のための地方自治体がある。これらは各自治的な法秩序をもつていながら、多少の程度において国家の法秩序とつながりをもつているのである。そしてこのつながりがどの程度のものであり、またどの点に存するかは国家の立法政策如何にかかつている。

かような理由から、国家法はつねにその支配を国家内における、大小のあらゆる社会の内部まで及ぼすものではなく、また国家の司法はこれらの社会内に存する自治的な法の実現に協力するものとはかぎらない。

つまり、理論的に「法」の範疇に属する規範がすべて国家の裁判所によつて実現されるものと考うべきではない。もしそう考えるなら、それは国家万能主義の誤謬に堕ちるものである。法規範の実現は必ずしも裁判だけによるものでなく、社会の成員の法意識や道徳や習俗律によることが大である。かりにその実現が不完全であつても、その法規範は「不完全法規」であるにとどまる。何等かの違法状態が存在する場合につねに国家司法権の発動によつて関係者が救済を要求し得るものではないのである。救済を要求し得るのは、国家がその使命の達成の見地からとくに問題を重要視して、これを自己の裁判権に服せしめた場合にかぎるものと見るべきである。

あるいは裁判所法第三条が原則として「一切の法律上の争訟」を裁判する権限を裁判所に与えているところから、以上のべた見解に反対する説があるかもしれない。しかしこの条文にいう「法律上の争訟」は国家法秩序に関するものを指し、社会における一切の法規範を網羅するものではないと解すべきである。

各社会はその存立のために自らの秩序をもち、必要があれば懲戒等の制裁によつてこれが実現を保障できなければならない。懲戒権はその社会に内在する権限である。その制裁が生命、自由等の剥奪のような刑罰であるならば、刑罰権は国家の独占にかかるから、ある社会が自治法を以て刑罰を定めることは、憲法と法律の特別の規定のある場合(例えば憲法九四条、地方自治法一四条五項、六項)にかぎられている。ところが刑罰にいたらない懲戒処分に関してはその社会が規範を自由に立法し、解釈しそうして適用することができるのである。その手続は刑事訴訟や民事訴訟と同じものであることを必要とせず、またこれについて裁判所は審査権をもつていない。このことは処分が最も重い除名であつたにしても同様である。

この故に本件の場合において被上告人たる区会議員に除名の事由があつたかどうか、すなわち正当の事由なくして会議に欠席したかどうかおよびその事由が除名に値するものであるかどうかは、区議会自体の認定と判断に任かすべき事柄であり、裁判所の権限の範囲外にある。

なお以上のべたところについては「県議会議員除名処分執行停止決定に対する特別抗告事件」(昭和二七年(ク)第一〇九号、同二八年一月一六日大法廷決定)裁判官田中耕太郎の少数意見、同栗山茂の反対意見および同小林俊三の補足意見を前記のところと趣旨を同じうする範囲において補足的に援用する。

以上の理由によつて本訴は不適法な訴として却下すべきものであり、原判決は破棄を免れず一審判決は取り消さるべきものである。

なお、裁判官藤田八郎、同河村又介、同垂水克己、同奥野健一、同高橋潔の意見のように、地方公共団体の議会議員の除名議決について裁判所が裁判権を有するものとしても、本件のように除名された議員の任期がすでに満了している場合には、被上告人は本訴を維持する法律上の利益を失つたものというべく、この点については右裁判官らの意見に同調する。

裁判官小谷勝重、同島保、同入江俊郎、同池田克、同河村大助、同高木常七、同石坂修一の少数意見は次のとおりである。

われわれは、本件上告は棄却すべきものと思料し左にその理由を述べる。

上告代理人小山隼太の上告理由第一点について。

地方自治法(一三四条、一三五条及び一三七条)に基き議員の懲罰として行われた除名処分に対し、その処分の違法を理由として取消を求める訴は、判決を以てその除名処分の効力を排除することを目的とするものであるが、その訴における原告の権利保護の利益は、原告の議員たる資格を回復し、かつ議員たる地位に伴う報酬請求権その他の権利、利益の回復を図るに外ならないものというべきである。そして原告の本来の任期が既に満了し、現在においては、その資格を回復する利益が存在しなくなつた場合においても、叙上のような報酬請求権等が害されたままの不利益状態が存在し原告においても報酬請求権等を追求する意思がありと認められる限り、原告はなおかつ取消訴訟を追行するの利益を有するものと解すべきである。けだし議員除名の行政処分は、取消されない限り除名の効力を保有し、その資格に伴う報酬請求権その他の権利、利益は喪失することになるから、除名処分の効力を排除する判決を得ることが、これらの権利利益を回復するための適切、有効な手段となるものと解すべきだからである。

多数意見は、本件除名処分の取消を求める訴は、議員たる身分の回復を図ることを目的とするものであるから、既に議員の任期が満了した場合には、訴訟の利益がなくなつたものとして許すべからざるものである旨を判示し、将来に向つて身分の回復を図ることのみが訴の利益であると解している。しかし、かような見解をとるときは、除名処分後本来の任期満了迄の間における議員たる資格に伴う報酬請求権等は遂にこれを回復する手段がないこととなり、本来違法の除名処分さえなければ議員として有する筈であつた権利につき裁判所に救済を求める途を失うことになる。かかる不当の結果を招来する多数意見には到底賛同できない。

本件においては被上告人は第一審以来本件除名決議が取消されれば、被上告人はその取消決議以後任期の満了する迄議員たる資格を保有して居たことになり、従つてその間の議員としての報酬請求権も回復するから、被上告人が本件除名決議の取消を求めるにつき正当の利益を有することは明らかであると主張し、原判決が、被上告人の板橋区議会議員としての任期は昭和二六年四月二九日満了し、本件除名処分の取消によつて、被上告人の議員たる資格が将来に向つて回復することはあり得ないが、本件除名処分が取消されるときは、除名決議当時に遡つて被上告人の議員たる資格に伴う報酬請求権その他の権利が回復されることを認定し、よつて被上告人の本訴のような判決を求める利益ありと判示したのは、叙上と同趣旨に出でたものであつて、その判断は正当である。《なお、除名処分取消の形成判決が確定するときは、処分庁の所属する公共団体(報酬支払義務者、訴訟費用支弁者等)は右判決に拘束されるものと解すべきである。(行政事件特例法第一二条参照)》

同第二点について。

地方自治法一三七条は届出のなかつたことを懲罰の要件とすることなく、正当な理由がなくして欠席したことを懲罰の原因としているのであるから、届出をしなくても、正当な事由によつて欠席した場合には、懲罰できないものと解すべきである。なお板橋区議会規則には、議員が会議に出席することができないときは、開議前その理由を議長に届け出なければならないと規定しているが、所論のように届出をしないことを以て直ちに正当な理由を欠く欠席と推定すべきであると解することはできない。のみならず、原判決の適法に認定する事実によれば、被上告人の欠席をやむを得ない事情に基くものと解せられるから、懲罰事由の存在を認めなかつた原判決は正当であつて、所論は採用できない。

同第三点について。

論旨は、被上告人は「懲罰の事由が存在しない」という主張をしていないにかかわらず「懲罰事由の存否が争われている」として、この点を審理判決したのは違法であるというのである。しかし記録によれば被上告人の主張は要するに、同人の行為は懲罰事由に該当しないと主張している趣旨と解せられるから、原判決には所論のような違法はない。

同第四点について。

論旨は、被上告人の除名は単に欠席を理由とするものではなく議場外で議会の体面を汚したことをも理由とするものであるにかかわらず、原判決が欠席のみの理由に基くものとしたのは事実誤認、理由不備の違法があるというのである。しかし原判決挙示の証拠によれば、本件除名決議は被上告人が正当の理由なくして欠席したことのみを理由とするものであるとの原判決認定はこれを首肯することができる。(なお甲五号証懲罰通知書には、懲罰事由として「地方自治法一三七条による」と明記している。)所論は採用できない。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一 裁判官 高橋潔 裁判官 高木常七 裁判官 石坂修一)

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